裁判員制度の本当の目的は?
6月29日(金)18時から、「裁判員制度はいらない!大運動」の「6・29大集会」があり、350人のご参加をいただいた。ありがとございました。
途中、カンパ袋がまわってきた。
財布を開いたら千円札がない。げっ。
呼びかけ人が小銭ってわけにもいかないじゃん。
しかし紙のカネは、5千円札と1万円札しかない…。
そこで私は…。
あ~、何であんなことをしたのか、女房殿にバレたらぶん殴られる。早く忘れよう。なかったことにしよう(笑)。
裁判員制度について、国はいろんなパンフをつくってる。
元手は税金。ばんばんつくってる。
どのパンフにも、Q&Aがあり、そこに、「なぜ導入されるのですか?」とある。
以下は、現在発売中の『ドライバー』の、私の連載「覆面パトは二度サイレンを鳴らす」の一部。
「なぜ導入されるのですか?」としてこう書かれていた。
「国民のみなさんが裁判に参加することによって、法律の専門家ではない人たちの感覚が、裁判の内容に反映されることになります。その結果、裁判が身近になり、国民のみなさんの司法に対する理解と信頼が深まることが期待されています。さらに、国民のみなさんが、自分を取り巻く社会について考えることにつながり、より良い社会への第一歩となることも期待されています」はあ? そりゃたしかにけっこうな「期待」だが、そんな漠然としたことのために、ものすごーく重い負担を、苦悩を、国民に強制するわけ? 強制動員するわけ?
「専門家でない人たちの感覚」がほしいなら、裁判官が国民の間へ出ておいでよ。「裁判を身近に」したいなら、まずは多くの人が傍聴できるよう土日も開廷すればいいじゃん。裁判官といっしょに裁けば「司法に対する」「信頼が深まる」って意味わかんないし。
「冤罪を防ぐための国民参加だろ」
と思ってる人がいたら、見当違いもいいとこだ。
「職業裁判官だけでは冤罪に気づかないおそれがある」とは、法務省も最高裁も最高検もぜんぜん言ってない。冤罪を防ぎたいなら、「この事件は冤罪臭い(裁判官の訴訟指揮が偏ってる)んでお願いします」という、たとえば弁護士会からの請求を受け、その都度、国民参加の法廷で審理すればいいじゃん。一定の全事件に国民を強制動員する必要はない。
じゃあ、ずばり、本当の目的は何なのか。なぜ導入されるのか。
裁判員制度から、どんな裁判が、どんな国がつくられていくのか。
そのへん、どの弁護士さん、学者さんの意見もだいたい似たところへ収束するんだけども、切り口が若干違ったりするように思えた。
そのへん、どの切り口からは何が見えるのか、どこへ収束するのか、まとめてみてもいいんじゃないか。
たとえば、国にとって刑事裁判など、どうでもいーんだ、という考え方もあるだろう。
誰が犯罪被害を受けようが、誰が死刑になろうが、国はどうでもいい。
刑事事件など扱わない弁護士だって、たくさんいる。
国が(自民党が)変えたいのは、民事裁判だ。
企業のM&Aとか、アメリカがガンガン仕掛けて、司法ビジネスが、アメリカ資本の巨大ローファームが、ガンガン儲ける時代を前に、民事の裁判手続きをひっくり返したかった。
その「司法改革」に、「国民参加」というイメージを与え、反対しにくい状況、本質に気づきにくい状況をつくりたかった…。
なーんて、『司法占領』を読むと、思えたりする。
| 司法占領 著者:鈴木 仁志 |
この本、いつも池波正太郎さんの文庫本を買う古書店で、たまたま見つけて買ったのね。
司法占領って、土俵千両(←そんな言葉はないのかな)と紛らわしいタイトルだし(笑)、「裁判員制度」なるものを国が突然言い出す前に書かれた本ではあるんだが、ドスコイ、なかなか面白かったよ。
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