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2008年7月 7日 (月)

どちらが客観的事実に整合するかで判断!?

 またまた仰天報道!
 6月20日付け神戸新聞の、「質店主殺害 被告男性に無罪判決 神戸地裁」。

 証拠を絞り込んだ検察側は「現場にあった指紋や足跡」「目撃者の証言」「経済的な理由による犯行動機」などで「証明は十分」と判断。専門家も指摘するように、従来であれば、有罪となる可能性も十分にあった。長年、九割以上が有罪を占める日本の刑事裁判では、検察側の証拠が事実認定の土台とされてきた経緯があるからだ。

 この部分は、まぁ、そういうことは「北陵クリニック事件」なんかで書いてよね、とぼやきたくなるのは置いといて、「検察側の証拠が事実認定の土台とされてきた」(されている)のは事実であり、どうってことはない。
 記事中で、渡辺修教授が「プロの裁判官ならこの証拠だけでも有罪判決を書くのは容易」とコメントしてるとおりだ。
 裁判所が検察に求める立証責任は、ユルユルの癒し系であり、たぶんそれゆえにだろう、各検察庁は「ゆるキャラ」を競ってつくってるそうだ。

 仰天というのは、この部分だ。

 しかし、この裁判で地裁は、双方が主張する根拠のどちらが客観的事実に整合するかで判断した結果、検察側の証拠では「たまたま店に行き、監視カメラ設置の説明のため店舗に入った」とした弁護側の弁解を「排斥できない」と結論づけた。

 「双方が主張する根拠のどちらが客観的事実に整合するかで判断した結果」って、そっ、そんなことが許されるのか! それをやっちゃったら、無罪がみんな無罪になってしまう。
 いいじゃないか?
 いや、ダメでしょぉ、兇悪犯罪(といわれる事件)が起こり、マスコミが兇悪ぶりをがんがん報じて、警察が凶悪犯(と決めつけた者)を逮捕して、世論はスカッとして「吊せ、殺せ!」と叫び…それでずっとやってきたのに、1割 or more がぼろぼろ無罪になったら、警察・検察の威信、社会の秩序はどうなるの?
 そんな無罪がどんどん確定して、「どちらが客観的事実に整合するかで判断」するやり方が定着したら、過去に無罪を有罪とされた人たちが「俺の事件も、どちらが客観的事実に整合するかで判断してくれ」って言い出すよ、きっと。万が一、“平成の13人殺し”とか“ベルトコンベアーキラー”とか言われたりもしてるらしい某大臣により既に死刑を執行された事件で、それを言い出されたら、どうするの! その影響は、殺人裁判にとどまらない。オービス裁判にも影響するはず。どうする?

 法秩序が崩壊しても、それは自業自得、自己責任。裁判員制度により、無罪がどんどん無罪となるなら、こんな良いことはない…としかし、無邪気に言えるのか。
 いまは、いわば騒乱期、騒動期ゆえに、こんな無罪報道も出るのであって、そもそも日本国に冤罪はない(国にとって、有罪が確定した被告人=真犯人であり冤罪ではなく、無罪ならそれは冤罪ではない)のであって、裁判員制度が定着すれば、全体としては、裁判自体について昔と変わったのは、量刑が重くなったことだけ、となるのではないか。雨降って地固まる、ならぬ、裁判員制度降って量刑重くなる…。

 制度が定着すれば、仕事も知恵もある者は逃れ、裁判員6人のうち4~5人は、また6人全員が、日当1万円(3日で確実に3万円はありがたいよ!)狙いの輩とか、ヒマな爺ちゃん婆ちゃんとか、そんな国民ばかりで占められることになるのでは?

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