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2009年2月 8日 (日)

ウソをついての「員役拒否」は

 古いニュースを読んでるとこ。
 1月27日付け毎日新聞の「記者の目:充実感あふれていた80年前の陪審員=伊藤正志」、ちょぉっと違和感を覚える。一部抜き出してコメントすると…。

 1928年12月、「帝都・東京」で初めて行われた陪審裁判について…。

 初日の審理で、被告は全面否認する。以降、夕・朝刊で連日の展開。主な見出しを拾ってみよう。「子を思う(被告の)親心に法廷皆すすり泣く 初陪審の劇的シーン」「陪審員証人の警官にお叱言(こごと) 専門的な質問お見事」「『彼女の涙は何を語る』と病める弁護士の熱弁」「 『美人放火』を断定 検事陪審員に迫る」。そして12月22日の朝刊「帝都最初の陪審公判 遂(つい)に無罪の判決下る 感激の美人 光景劇的に大団円」に至る。当時は、陪審団の答申を受けて裁判長が判決を言い渡す仕組み。無罪の答申が受け入れられたのだ。

 これ、情に訴えて無罪を取った、ように読める…。
 だったら逆に、情に訴えて有罪に持ち込むこともできるんじゃない? 被告人が美人でなかったら、幼子がいなかったら、どうなってたの? 被告人がガサツそうなブ男で、検察官が男好きのする薄幸そうな美人だったら?

 被告人が女性の場合、弁護人はメイクさん、スタイリストさんを用意したりして(笑)。
 いや、それは冗談じゃ済まない。実際、裁判員裁判の被告人には、見た目の印象を悪くしないよう、ネクタイもどき、革靴もどきを付けさせるらしいから。
 有罪か無罪か、ほんとにぎりぎりのとき、ネクタイの柄で決まったりしてね。てゆっか、有罪か無罪かぎりぎりのとき、腰を据え直して期日を増やし慎重に審理する、んじゃなく多数決で決めちゃう(票の数を後に語れば処罰する)って、考えてみりゃすごくね?

陪審裁判に負けないスリリングな審議はできると思う。

 ス、スリリングはないんじゃない? 2時間ドラマやゲームじゃないんだから。

 ただし、死刑が想定される事件については、参加を含め慎重に考えてほしい。人の命を国家が奪うことにかかわるからだ。

 記者氏は、国家が(あるいは正しい理由があれば)人の命を奪うこと自体は、とりあえず容認しているようだ。正しい立場の者が正しい理由によって行うのであっても、人が人の命を奪うのを容認(または欲求)する社会は良くない、という意見もあるだろう。
 ま、それはおいといて、無期懲役だって、人の人生を国家が奪うことといえる。執行猶予付きだって有罪判決は、無実の者には耐えられないはず。死刑以外はそんなに慎重でなくてもいい(慎重のレベルを落としてもいい)かのような言い方は、どうなの、と思う…。

 死刑事件にかかわりたくなかったり、どうしてもやりたくない人が「選ばれない」自由はないのか。勧めるわけではないが、方策はある。裁判員を選ぶ際、質問手続きがあり、検察、弁護側双方が数十人の候補者から気に入らない4人ずつを忌避できる。「変な人」を排除するためのこの仕組みを利用して「被告は絶対やっていると思う」または「被告は絶対やっていないと思う」と言えば、ひどい先入観だとして弁護側、検察側いずれかが忌避するだろう。死刑など肝心の議論が置き去りにされている以上、「良心的裁判員拒否」があってもいい。嫌々裁かれては被告も可哀そうだ。

 嫌がる者を、きっとスリリングですよ、とか言って裁判員席に座らせる、そりゃ確かにマズイと思う。
 でも、ちょっと待ってよ、これって、ウソをついての兵役拒否ならぬ“員役拒否”を提案してることにならない? そういうウソで逃れようとする人も、実際いるかもしれないけどさ、新聞で提案しちゃっていいの?

 と、私的な違和感を少し述べたが、しかし全体に、この記者氏は率直でやる気のある人のように思える。そういう記者氏の意見を署名入りで載せてしまう、良いじゃないか。世の中には、嫌らしく善人ぶった社説もあるわけで、そんなのよりナンボか良いと思う。

         裁判員制度はいらない!大運動

 以下は、書店で見つけて、あっ、どうせ買うんなら自分のブログのアフィリエイトを利用してみてやれ、と思った本。

    

 窃盗か何かの被告人(アルコール依存症)が、ある施設に収容されてて、障害者年金も含めて月々12万円だっけか、もっとだっけか入るのに、しかし施設からは1日1000円だっけ、それくらいしか手渡されてない、残りのカネはどうなってるのか被告人は知らないらしい、という裁判を傍聴したことがある。
 その施設がどうなのか分からないが、弱い者はどんどん食い物にされるのが人間社会の基本のようで、貧困を食い物にするビジネスはこれから(すでに)大流行だろう…。

  

 老齢や病気で体が不自由な人たちが、あるいは「軽度の知的障害がある」とされる人たちが、刑務所を出所後間もなく、また万引きか無銭飲食か、振り込め詐欺の出し子などをやり、あっけなく捕まって懲役の実刑を言い渡される、そんな裁判がよくある。
 獄の中の様子を、自ら服役囚として見てきた山本譲司さんのこの本、やっぱ読んでおかねば。

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 ところで、新聞・テレビ・週刊誌は、いつまで「被告人」を「被告」と呼ぶのか。
 縮めて呼ぶこと自体はべつに悪くないと思うけど、「被告」と聞けば、民事の裁判かと思うじゃない。刑事も民事も争われてる場合なんか、紛らわしくてしょーがない。
 被告人を縮めて「被告」と呼ぶのは、リンゴジュースを縮めて「リンゴ」と呼ぶようなもの。「男前とは言い難い今井」を縮めて「男前の今井」と呼ぶに等しい…あっ、それは適切かつ妥当な短縮か、えへへ。heart02

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