傍聴マニアから見た冤罪の理由
私の場合、初めて裁判を傍聴したのは28歳ぐらいのときだった。あれから軽く40年を超えた。
傍聴マニア(を自称できる立場)になったのは2003年3月頃。今年で22年目に突入する。
傍聴マニアなっていろんな裁判(主に刑事裁判。以下同)を傍聴し始めた頃、こう感じた。
「裁判官って、1つひとつの事件に、真摯に対応してるなあ。偉いなあ」
だが、傍聴を重ねるうち、だんだんと別のものが見えてくる。たとえば…。
「裁判って、すべてを紙の上に整えようとするんだあ」
「裁判の真髄は法律手続きを一片の遺漏もなく整えること、そこに凝り固まってるね、てかそこに快感を覚えてるね、この人」
なーんて感じることもある。
中国人女性の被告人をあからさまに見下し、嘲笑の態度を取る裁判官もいたっけ。
「メディアは、裁判官はこれこれのことを酌んでこの判決にした、なんていつも報じるけど、相場どおりの判決を言い渡すにあたり、もっともらしく“これこれのこと”を言ってるだけじゃーん」
とは、よく感じる。すべてじゃないが。
ちなみに覚醒剤の一般的な初犯は懲役1年6月、執行猶予3年で決まり、ヤクザ方面には「イチロクサンネン」という名詞があると、裁判所内で私は知った。
検察官と弁護人(被告人)、双方が言う事実関係が真っ向から違うことがある。
そういう場合、裁判官は、
・検察官の主張については、肯定できる理由を探す
・弁護人の主張については、否定できる理由を探す
という印象を受けることがある。
被害者の証言について「信用できる」と認め、対する被告人の供述については「信用できる被害者証言に反するから信用できない」とする論法はよく出てくる。
聞いてて「おお~」と思う。
なぜそうなるか。
無罪と有罪、ちょうど真ん中に線をひくことはできない。
A、無罪は必ず無罪になる。有罪が無罪になることも少しある。
B、有罪は必ず有罪になる。無罪が有罪になることも少しある。
Aを選べば、世論がうるさい。司法の威信にケチがつく。
Bを選んで冤罪が生まれても、国民の大多数は気にしない。「冤罪冤罪と左巻きの連中が騒ぐけど、どうせほんとは殺ってるんだろ」てなもんだ。司法の威信は護られる。
江口大和さんの事件は、あれはもちろんBだけども、またちょっと別の要素が入ると思う。
一審の横浜地裁、二審の東京高裁、どっちも、おいおい、そんなんで有罪にしちゃうってありかよっ、だった。
あれは結局、あの事件に関わった者たちの別の裁判を「江口が入れ知恵した」説で有罪とし、確定しちゃったもんだから、後戻りできなくなった、そうとしか考えられない。
最高裁はこう言明したらどうかと私は思う。
「司法の威信、ひいては国家の秩序を守るため、無辜(むこ。罪のない人)を処罰することもあります。死刑にすることもあります。それは仕方がないのです。無実の罪で刑罰(死刑を含む)に処された方々は、国家のため尊い犠牲、人柱(ひとばしら)になったのだと、胸を張ってあきらめてください」
じつは最高裁の裏庭に「人柱神社」があったりして。
でもね、私はべつに粗探しをしてるわけじゃない。
粗探しで20年以上も裁判所へ通えないでしょ普通。
「うわお、裁判官、すごいことやってのけたね。良いものを見せてもらった。ありがとう!」
ということもある。都度、雑誌やメルマガでレポートを書かせてもらった。
・定年間近で高裁の部総括判事、つまり“上がりポスト”の人
・高裁の部総括を65歳で定年退官し、定年70歳の簡裁判事になった人
特にこういう人たちの裁判は、味がある、場合がある。
さて、以上のようなことを思いつつ傍聴してるマニアは、まさか私だけじゃないですよね~💦
« 私は盗みをするような人間じゃありません | トップページ | 野党を分断せよ、群雄割拠を煽れ! »
「刑事/その他刑事」カテゴリの記事
- 32歳の女性被告人に刑務官6人、うち4人は厳重装備!(2025.12.16)
- 強制執行妨害と、しっとり黒髪の女生徒8人(2025.12.10)
- 立花孝志、勾留理由開示と鑑定留置理由開示(2025.11.11)
- 無罪の証拠を隠して有罪、しかし逆転無罪に(2025.11.06)
- 明け方に襲えそうな泥酔女性を探して街を(2025.10.28)

