レイシストの信仰はびくともしない
人間は2種類ある。通勤の電車内で、スマホに熱中する者と、本を読む者、である。
電子書籍を読んでるんだ、本といっても巨乳少女のエロ漫画だろ、とかいろいろご意見はあろうが、大きくは、人生が、出会いが、てか脳が、明らかにちがってくるんじゃないですかね。
裁判所へ最近あんまり行かなくて、『レイシズム』(ルース・ベネディクト著、阿部大樹訳、講談社学術文庫)、面白いんだけども、まだ読み終わってない。 ※裁判所への往復の電車内が私の主な読書タイム。
「第1部 人種とは何か」の先、「第2部 レイシズムとは何か」へようやく入った。
以下、その一部を引用する。
もちろん、レイシストが一つひとつのファクトをどのように扱っているかと検証することはできるし、それが正しいとか間違っていると判定していくことも難しくない。けれどもレイシズムがファクトを扱うやり方は非常に杜撰である。そして科学者が個々のファクトについて指摘をしても、レイシストの信仰はびくともしない。
本質においてレイシズムとは、「ぼく」が最優秀民族(ベスト・ピープル)の一員であると主張する大言壮語である。
自分にそれほどの価値がないとか、あるいは他人から批判されているとか、そういうものすべてを無視することができる。自分がそれまでにやってきた恥ずかしいこと、思い出したくないことをすべて消し去ることができる。自分の至らないところを指摘されたとしても、相手を「劣等な人種」と言ってしまうことで痛みを無化できる。母親の子宮の中にいるような究極のポジションが手に入るのだ。
難しいことを考えなくて済む、というアドバンテージもある。人間の生死、過去や未来についての現実の困難から身をかわすことができる。どれほど学問から縁遠いひとであっても暗記できるような、たった一文を盾にする――「ぼくは選ばれし人間」。だからレイシストの言葉は政治を動かす最高の武器となる。
この本の出版は1940年、第二次大戦の最中だという。
現代も変わらない、というかSNSの発達により、もっと悪くなっているようにも思える。
本は面白いよねえ。
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