兄のプーマと弟のアディダスと
「「弟」アディダス、「兄」プーマに完勝 規模3倍、時価総額は9倍」と1月27日付け日経新聞。これを紙の夕刊で読んだ。
1924年、ドイツ南東部のバイエルン州、ヘルツォーゲンアウラハという町に、ダスラー兄弟(兄はルドルフ、弟はアドルフ)がスポーツシューズの工房を構えたという。
兄弟は政治思想が異なり、ナチスが台頭するや「互いに口を利かないほど険悪な関係となった」そうな。
ナチスに対し、どっちがどんな思想だったのか、記事は触れてない。やばすぎるんだろうね~。
第2次大戦が終わっても兄弟仲は修復されず、1948年に兄が工房を飛び出し「プーマ」を創業した。弟は翌1949年、「アディダス」を設立。
へえ~、知らなかったよぅ。
事業は両者とも順調に伸び、雇用も拡大した。結果的に小さな町は2つの陣営に分かれた。
そうして…。
54年のW杯で当時の西ドイツ代表監督は、靴やユニホームの提供を依頼しにプーマに出向いた。ただ資金提供を求められ、プーマを率いるルドルフが憤慨した。
この申し出をアディダスのアドルフは快く引き受けた。西ドイツはこの大会で初優勝し、それ以降アディダスはドイツ代表の公式スポンサーを務めることになった。
一方のルドルフも、70年のW杯で、「サッカーの神様」、ブラジル代表のペレにスパイクを提供。
世界の視線が集中するキックオフ直前、ペレが靴ひもを結び直すパフォーマンスを仕掛けてブランド認知を高めた。
へえ~、ペレさん、やりますねえ。
紙の新聞の記事はまだ続く。さらにいろいろあったそうな。
で、交通違反へどうつながるんだ? つながりません(笑)。
つながらないけれども、紙の新聞を見て「へえ~」と思うこともある、そゆことね。
ま、無理につなげようとするなら、可搬式オービス。
・ 超高性能な外国製を使い、速度違反金、速度取締りの民間委託へ、さらに違反金と民間委託を他の違反へも広げ、8割ほど不起訴で終わってる軽微な交通事故からも警察限りでNewペナルティを徴収、という巨大市場を目指す一派。
・ 国産の可搬式に執着する一派。
二派がいて、結果、巨大市場は台無しに、ですかね。
後者は阿呆やなあ? その意見に私は賛成しない。巨大市場につながるアイテム、税金で多数購入することになる可搬式に、外国製を採用しては霞が関官僚の恥、なにより財務省が許さない、そんな事情があり、仕方なかったんではないか…。

