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2026年6月24日 (水)

留学帰りの娘が母親の万引き病に万全態勢!

 今は少し遠ざかっているが、10年ほど前、万引き病(クレプトマニア、窃盗症)の裁判に私は熱中していた。
 深く心に残る裁判を1件、伝説のメルマガ2015年11月17日付けの第1598号「留学帰りの娘が母親の万引き病に万全態勢!」から、ここに載せとこう。一部加除訂正等する。

   ★  ★  ★

 2015年7月の第1522号「次はもう実刑と言われたのにまた万引き!」で、万引きで執行猶予中の万引きの判決(東京地裁)をレポートした。

 夫が癌なのでどうか再度の執行猶予に、というふうな主張だった。娘がアメリカに留学中で、大学を卒業したら現地の企業に就職が決まっている、という話も出てきた。

 でも、何があろうと、執行猶予中の再犯なら次は実刑、それが裁判のお約束だ。地裁判決は懲役10月だった。
 前刑は懲役1年、執行猶予3年。猶予は取り消され、そっちもあわせて服役することになる。

 

 そうして2015年11月、その懲役10月の「窃盗」の、控訴審を東京高裁622法廷(42席、井上弘通裁判長)で傍聴した。

 被告人は非身柄。柔らかそうな髪、メタルフレームの眼鏡、60代ぐらいのおばさんだ。なんだか表情が乏しい。
 弁護人席側の傍聴席に、グレーのもわっと大きめのタートルのセーターに黒のタイトスカート、長い黒髪の、素敵な若い女性がいる。被告人の娘か。

 弁護人は弁1~16号証を取調べ請求。多いね。検察官はほぼすべてを「必要姓なし、関連性なしで不同意」とした。ま、そんなもんである。

 裁判長は、16のうち5つの書証を採用し、こう述べた。

裁判長 「それから証人は、(立証趣旨が)原判決後の情状、医療…の態勢…被告人の生活状況の限度で採用します」

 

 傍聴席の素敵な若い女性が立ち上がり、バーの中へ入った。被告人の娘だった。

弁護人 「今回の(原審)判決の後、お母さんはどんな診断を受けましたか?」
証人   「前頭側頭型認知症との診断を受けました」

 クレプトマニアじゃなくて、認知症? このとき私は「前頭側頭型認知症」というのを初めて聞いたんだっけ。

弁護人 「いま思い返してみて、思い当たる変化はありますか?」
証人  「医師からいろいろ質問されて、あ、いまなら分かるということが…まず、私は高校生のとき、14歳からアメリカの高校へ留学…年1回、帰るたびに、どんどん物が散らかって、母の部屋に服が散乱して…あと、母の感情がたかぶったり、怒りっぽくなったり泣き出したり…外を歩くとき服装が乱れてきたり…毎年(自分が日本へ)帰ってくるたびに…変化がすごく分かりやすく…」

 私はあとでネットで調べた。なるほど前頭側頭型認知症(ピック病とも呼ばれる)は、そんな症状を呈するんだという。アルツハイマー型なんかと違い、もっとずっと若く発症することが多いそうだ。

弁護人 「あなたが小学生の頃のお母さんは、どんなお母さんでしたか?」
証人  「もともとはすごい社交的で、いつもおめかしして、友人も多く、部屋もきれいで、掃除が大好きなお母さんでした」

弁護人 「万引き問題を知ったのは?」
証人  「今回、母が逮捕されてからです…すごいショックでした。普段の性格から、ぜんぜん信じられない…娘だから頑張らなきゃと思って…」

 ここで証人は泣いた。被告人席の母親(被告人)は、表情に変化はない。

証人  「なんで万引きをくり返しているのか、自分でインターネットで調べて、原因を探しました」

 調べればクレプトマニアがヒットする。娘は母親を連れ、同種裁判でよく聞く横浜の大石クリニックへ。そしたらどうもクレプトマニアとは違う、認知症のようだ、と言われた。

 認知症? 途方に暮れた娘は、現在の弁護人に相談。認知症の専門医を紹介してもらってそっちへ。
 前頭側頭型認知症のせいで万引きをくり返していたのだと知るや、自治体の福祉係に相談し、介護保険、デイサービスと、娘はどんどん手を打った。

 同時期、父親つまり被告人の夫が末期癌(現時点でか余命3カ月)で、築地の癌センターへ通えず、自宅へ引き取り、こっちも介護保険を申請して自宅での医療ケアを…。

 アメリカで大学に進学し3年生になっていた娘は、7月の原判決(懲役10月)を知らされて帰国し、母と父のために奔走したのだった。それも、なんちゅうか尋常じゃない奮闘ぶりといえた。

証人  「母が行きそうなお店、スーパーとか…母の写真と医師の診断書を持って、10軒くらい…もし迷惑をかけたら一報をお願いしますと…○○警察署、××警察署へも相談に行きました」
弁護人 「警察はどんなことを言ってくれましたか?」
証人  「すごい親切で(泣く)、まず、母が裁判中(懲役10月に対し控訴中)だってことにすごいびっくりしてらっしゃって、警察には誰が認知症ってデータがないから、報せないと分からないって、長い時間、話を聞いてくれて…」

 じつは被告人は、7月の原判決後に3回も万引きしてるんだという。そんなの完全にアウトじゃん!
 ところが、娘の奔走のおかげで、事件になってないのだった! なっ、なんて娘だ。こっちが泣けてくるょ。

証人  「父はもう歩けない…ベッドで…父はほんとは自分の治療を…でもすごい母のこと心配して、自分の目の黒いうちは母の見守りを私といっしょにしてくれると…」

 このへんで娘は泣いた、かなり泣いた。被告人席の被告人は、ずっと無表情のように見えたが、少しわなわなし、ハンカチで目の辺りを拭いた。表情は変わらないように見えるが…。

証人  「母がやっと周りの人を信頼して頼ってくれるようになって、買い物代行サービスも最近…お買い物は週1回、私といっしょに…」

 原判決後、万引きをくり返す意外な原因がわかった。そこで、二度と万引きしないよう手を打ち、もし万引きしてもカバーできるよう、万全な態勢をつくった。こんな身内はいませんよ。これは逆転執行猶予の可能性ありだねっ!

 逆に言えば、検察官は窮地に立たされたことになる。

検察官 「認知症の人はみんな盗みをやるんですか?」

 あんたバカですか(笑)。認知症のうち前頭側頭型認知症だと、さっき言ってたじゃん。娘は答えた。

証人  「前頭側頭型認知症は特別で…記憶はあるが脳の一部が縮小して、衝動が抑えられない…前頭側頭型認知症…万引きは必ず出てくる症状といっていいと医師が…」
検察官 「GPSでどうするんですか」

 さっき娘は、母親にGPS(機能付きの携帯電話か発信器)を持たせ、母親の位置を知ることができるようにしたと言ってた。娘は平日は働いており、位置が分かってもどうしようもないじゃないか、と検察官は突っ込んだ。娘は答えた。

証人  「万が一、母が外へ出たとき、すぐ母に電話して、デイサービスにも連絡して、電話1本で迎えに行ける態勢になってます」
検察官 「(母親の)部屋は散らかってると?」
証人  「はい」
検察官 「(万引きして)物が増えたら、分かるんですか」

 本件の万引きは食品じゃない。婦人服等9点、販売価格2万7518円相当なのだ。娘はきっぱり答えた。

証人  「分かります。逮捕されてから毎日チェックしてます」
検察官 「散らかったままで?」
証人  「(きっぱりと)そうです!」

 母親に対する愛情の深さ、娘自身の有能さがばりばり感じられ、私はほんとに感動した。

 裁判長は、一家の生計について尋ねた。父親は何かを自営しており、寝たきりだけども月60万円の収入があり、娘は、母親のケアーの態勢が整ってから10月に就職し、月給は手取り約20万円、十分な経済力といえるだろう。

 さらに裁判長は、原判決後の、事件化されてない万引き3件の時期について尋ねた。娘いわく、8月下旬と9月下旬と10月上旬。
 くり返すが、原判決(懲役10月)が7月。控訴して、8~9月、3回万引き、しかし娘の話を聞いていた店側はすぐ娘に連絡し、被害届けを出さなかった。

 ケアーの態勢が整ってるとは言えないんじゃないか、との問いに、娘はきっぱり答えた。

証人  「いまのような万全な態勢までに…介護保険が通ったのは9月の万引きのあと…介護サービスの受け入れ状態が10月上旬は整ってませんでした」

 ちょっとでもスキがあれば、被告人は1人で出かけて万引きしてしまう、それを防ぐべく娘が万全の態勢をつくりあげたのだ。
 これでは分が悪いと思ったか、検察官は定番の尋問を持ち出した。

検察官 「この認知症にかかっていれば万引きしても仕方ない、連絡して処罰しないでほしいと、こういうことですか?」

 万引きでも何でも、犯罪はあくまで遵法意識の欠如と身勝手な利欲から生まれるのだ、認知症とか他の要素のせいにしちゃいけないんである、刑事行政的には。
 万引きしといて、認知症のせいだから許してくれは、刑事裁判的には、盗人猛々しいんである。

 そこんとこ、娘は少しは配慮するのか。いや、きっぱりこう答えた。

証人  「そうです!」

 俺は傍聴ノートに書いた。ほ~!

 

 こうして2015年11月の期日は終わった。翌12月、弁護人が弁論。2016年1月、判決が言い渡された。

裁判長 「主文。本件控訴を棄却する」

 上告審で救済されなければ、母親は今回の懲役10月と、前刑の懲役1年と、あわせて下獄する。
 留学帰りの娘がつくりあげた万全の態勢は水泡に帰し、前頭側頭型認知症は取り返しのつかないところまで進んでしまうだろう。

 裁判所は何を守りたいのか。はい、量刑相場です。そゆことだと私は見る。

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