青柳勤裁判長の逆転執行猶予に俺は泣いた!
青柳勤氏が東京高裁で部総括判事をやっていた頃、すっごいのを傍聴した。私はこういうのに痺れるのだ。当時のメルマガ記事を縮めてここに再掲しよう。
ほぼ満席の東京地裁718号法廷(事件は「強姦致傷」だもの)の向かい、東京高裁720号法廷(青柳勤裁判長)で「窃盗」の控訴審判決。こっちはがらっがらだ。
万引きをくり返して1年ほど前に北関東の某裁判所で懲役10月、執行猶予3年。約半年後の万引きで懲役6月(ろくげつ)の実刑判決を受け、どうか再度の執行猶予を、という事件だ。
開廷時刻を過ぎても被告人が来ない。来るはずなのに来ないんだという。弁護人が被告人の携帯電話に架電しても出ないという。
うわぁ、私は心底不安になった。来る途中、電車飛び込んでたりして!? なぜそんな不安にかられたか、2週間前の控訴審第1回にさかのぼる。
★ ★ ★
その日、母親の証人尋問が行われた。今後、被告人をどう監督していくか弁護人は尋ね…。
証人 「そうですね~、ま、お互い、職を持ってる。この人(被告人)の休みにあわせて(自分も休みを取り)買い物についていく…摂食障害っていう病気、常に安定させないと…なんつーんですか?」
弁護人 「一審、摂食障害…食べ物を盗むの、くり返す…」
証人 「拒食と過食が交互にきてる、拒食になると、ほとんど(食べ物を)口にしない、1kg増えてもパニックになる。起きてるとおなかがすくので安定剤、大量に飲んで2日、3日、寝っぱなしのことも…今はずっといいです」
弁護人は3分間で質問を終えた。やる気のない、ゆるい質問と私は聞いた。
巨体の検察官(この人は個性的で私は好きだ)が立ち上がった。
検察官 「娘さん、だいぶ盗みをくり返してる」
証人 「はい」
前科となったもの以外にも、いろいろあるらしい。
検察官 「病気のせいだから仕方ないという気持ちはありませんかねっ!」
証人 「あ~、それは思っておりませんけど、たぶんそのせいもあると…」
検察官 「ここで証言…それに伴う責任あるんだと、分かってますかっ! あなたの責任、どういう責任があるかっ!」
証人 「やっぱり、何でしょうね~、食べ物、欲しくなる…」
なんかぜんぜん当事者感がないというか、「こりゃダミだぁ」の典型といえる。
検察官 「あなたの責任! ここにきて証言したことの責任ですっ! もしあなたのせいで(刑が)軽くなって、また万引きしたら、それはあなたにも責任が…!」
ん? なんか妙な言い方だな…。裁判長が介入した。
裁判長 「あなたの責任は、娘さんをしっかり監督して、二度と窃盗、犯させないと…大丈夫ですか? 記録に残りますよ。しっかりみる約束できますね?」
検察官 「また娘さん、やったら、あなたの責任でもあるんですからねっ。さっきから聞いてると軽すぎますよっ!」
証人 「はい…」
私は傍聴席で思った。なんだその突っ込み方は。もしや、裁判長も検察官も、逆転執行猶予の腹づもりなのっ!? 裁判長が、「あのね…」としてこう言った。
裁判長 「摂食障害を安定させることが極めて重要です。できるだけ、最大限の努力をして、(万引きを)二度とさせないように…わざわざあなたを呼んだのは、しっかり監督してもらうためです!」
私は傍聴ノートに書いた、「逆転執行猶予、決まりか~!」と。
そして被告人質問。被告人は40歳、暗く痩せた女性だ。弁護人は主質問を9分間やった。こんな部分があった。
被告人 「(自分の摂食障害は)過食、嘔吐、下剤濫用…ですね。食べないときは全く食べないし、食べるときはイッキに食べて吐く…」
弁護人 「刑務所、行かない形で更生したいと…今までと何が違うんですか?」
そうそう、一審判決は懲役6月にまで下げてるのだ、さらに逆転執行猶予を得るには、一審後に何か新たな大きなことがないといけない。
被告人 「子どものためっての、今だんだんと感じてきたってのが…(今までは)お祖母ちゃんに預けっぱなし…」
子どもがいるとは、なんか意外。というか、そんなことを今ごろ「だんだんと感じてきた」って…。
検察官は、どこの病院へ通院しているのか尋ねた。被告人によれば、近くの医大の病院へ通っており、しかし摂食障害の専門医はいないという。
検察官 「正直、ちっともよくなってないようですけど、専門の病院へ行こうとは?」
被告人 「そういう病院、行きたいんですけど、宇都宮にないんです」
検察官 「正直、ダメなような気がする…今日ここへ来て、変わったことないですか」
被告人 「ここへ来て…深く深く反省してるし…」
うーん、裁判的には全くダメダメだ。検察官は呆れたように「ハイ終わりますっ」と言い、席に座った。座るや、体を2つに折るように、検察官席(机)に突っ伏してしまった!
そのbody languageを私流に超訳するなら、「裁判長は逆転執行猶予にするつもりなのに、んもぉ~っ!」か。この巨体の検察官のこういうところが私はとても好きだ。
裁判長は、ドスの効いたどでかい声で、たたみかけるように言った
裁判長 「この程度盗んでも大きな会社だから問題ないと思ってる? スーパーってね、薄利多売って言ってね、今回、595円、これ盗まれたら、10倍くらい売らないといけないの。お店、どれだけ売っても利益上がらない、現につぶれちゃったスーパーだってあるんだよ。もう二度とやらない、大丈夫なのねっ? 今後、約束して下さいよっ?」
被告人 「はい…」
裁判長 「え? 聞こえないっ!」
被告人 「二度と人のもの盗ったり、迷惑はかけません!」
昼休みに12分間食い込んで閉廷。裁判長は、判決期日には被告人といっしょに母親にも来るよう言った。異例だ。
どうです、特に新たな情状はないんだけども逆転執行猶予にするつもりだな、と思えるでしょ。私はびんびん思えた。傍聴びんびん物語である。
閉廷後の廊下で、弁護人が被告人に、明るく軽い調子でこんなことを言うのが聞こえた。
弁護人 「かなり厳しく言ってたので、軽くなる可能性はあります。6月が短くなるか…」
ある裁判官から聞いたところによれば、窃盗の実務上の下限は懲役8月だという。それより低い6月を、さらに下げる? さっきの裁判長、検察官の様子からして、逆転執行猶予では?
しかし弁護人は廊下で、被告人に対し明るくきっぱり言うのだった。
弁護人 「でも執行猶予は僕はないと思います」
言われた被告人は、暗く無言だった。甘い見通しを伝えないほうがいいってことはあるにしても…。
★ ★ ★
そんな控訴審第1回から2週間後の、判決。来るはずの被告人が来ない。連絡がつかない…。
摂食障害でクレプトマニア(窃盗癖者)は、自己評価が低く、自殺しやすいらしい。執行猶予を取り消されてダブルで刑務所へ堕ちるのに耐えられず、うわぁ、裁判所へ来る途中、電車に飛び込んだりしてないだろうな? と私は心底心配になったわけ。
定刻を10分ちょい過ぎて、被告人と母親が来たっ。
東京駅からタクシーに乗り、なぜか最高裁のほうへ行き、渋滞に引っかかったそうな。私がどんなにほっとしたか。
そうして控訴審の判決が言い渡された。
裁判長 「主文、原判決を破棄する。被告人を懲役6月に処する。この裁判確定の日から3年間その刑の執行を猶予し、その猶予の期間中、被告人を保護観察に付する」
ああ、やっぱり。裁判長は「情状特に酌量すべきものがあるから」としていろいろ言ったが、結局、特段の事情はないように思えた。最後に、ドスが効いてどでかい、しかし暖かみのある声で、こう言った。
裁判長 「もうヤメようよっ! ねっ! ヤメて下さいっ!」
これは被告人の心に深く届いたろう、そう思えた。私は涙が出そうになった。正直、ちょと泣けた。青柳裁判長、なんでこんなことをやったのか。定年が近いのかしら…。
その日の午後、1階のエレベータホールでのことだ。
上階行き(8階以上に停止)のエレベータを待つ私のそばへ、スーツ姿の青柳勤氏(裁判中じゃないので氏)が。
上階行きはなかなか来ない。エレベータホールの端っこの、18階まで各階止まりの箱の、あっ、ドアが開いてる。私はダッシュ。乗りかけてドアを押さえ、青柳氏を見た。
青柳氏はその箱に乗ってきた、「ありがとうございます」と。しかも、私が8階で下りるときも「ありがとうございます」と小声で言った。
「ありがとうはこっちですょ、さっき涙が出そうになりました」と言いたいのを堪え、私はその箱を出たのだった。
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