相手を混乱、疲弊させるための荒唐無稽なデマ攻撃?
むっちゃくちゃなデマ、フェイク(以下、単にデマ)がSNSなんかにあふれてるでしょ。
ルース・ベネディクト氏の『レイシズム』に、レイシズムの本源は「俺様は偉い」である旨があった。
偉くもないのに偉ぶるには、デマにすがらざるを得ない。デマと暴かれ突きつけられても、偉ぶる者たちは痛痒(つうよう)を感じない。しばらく経てばまた同じデマをわめく。
じゃあ、デマと暴き突きつけることは無意味なのか。
いや、その者たちは相手にせず、「俺様は偉い」の闇の底へもしや落ちそうな人たち、レイシストらにも一分(いちぶ)の理があるかもと思いかねない人たち対し、これこれの理由によりあれはデマなんですよ、と示し続けていくことが大事なんではないか、とりあえずそんなふうに私は考えていた。
今日、じつは、大腸の内視鏡検査&ポリープ除去の手術を受けてきた。家人の知り合いの、大腸方面で有名な女医さんのところで。
朝9時半に行き、すべて終えたのが16時半頃。往復の電車で、待合室等での待機時間で、『炎上社会を考える 自粛警察からキャンセルカルチャーまで』(伊藤正亮著、中公新書ラクレ)を読み終えた。
221ページのうち136ページ、「戦術としてのフェイクニュース」のところから、少し飛び飛びに拾おう。
相手の土俵、つまり知的な論争という場で戦ってしまっては、彼らには勝ち目がない。そこで彼らはそうした場そのものを無効化し、相手が力を出せないようにしてしまおうとする。
それに対してリベラル派はファクトチェックなどを通じて、それが偽情報であることを指摘する。
しかしいくらそう指摘されても彼らにはこたえない………痛くもかゆくもない………
そればかりか彼らは、あくまで実証という地道な手続きを通じて応戦するしかないリベラル派をあざ笑うかのように、突飛な偽情報を次々とひねり出してきては、リベラル派を混乱させ、疲弊させる。
そうした荒唐無稽な言説を、彼ら自身も本気で信じていたわけでは必ずしもないだろう。というよりも彼らにとっては、それらが事実かどうかはそもそもあまり問題ではなく………
一般にこれらの行為は、いわゆる反知性主義的なものだとされ、彼らの無知さや蒙昧さのゆえに、つまり彼らに知性が足りないためになされるものだと考えられいる。しかし実際には、必ずしもそうではないだろう。
それらは戦術である以上、意図的で戦略的な行為………より正確に言えば「悪知恵」………
そうして伊藤正亮氏は、こう述べるのである。
一般に差別主義には、差別の相に見られる素朴な差別主義と、反・反差別の層に見られるより過激でひねくれた差別主義、すなわち反・反差別主義とがあると考えることができる。実際には両者は入り混じって現れ、互いに支え合いながら総体としての差別主義を成り立たせているものだが、しかしその性格には原理的な違いがある。
なるほどねえ。こんな見方、考え方を知ることができるわけで、やっぱ読書はいいね。
荒唐無稽なデマについては今後、「この人自身これを信じてるんかしら」「目的は相手を混乱、疲弊させること?」という目でウォッチしよう。
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