賽の河原でポケットの子石を握る
2025年11月に私は「賽の河原の不断の努力」として、ちょっと新聞の社説のようなことを書いていた。
ファクトを提示されてもそんなものは見ず、デマに扇動され犬笛に踊る者が、古今東西一定数どうしようもなく湧いてくる。
たとえば人口の1割とか一定割合の者がそこへ堕ちるのは、人間の特性というのか、どうしようもない。「あなたそれ間違ってますよ。ここがこう事実に反します」などといくら説明しても、まったく効かない聞かない。
連中が振りまくデマを、ちらっと信じそうな人たち(人口の2割か5割か)に対し「デマですよ、事実はこうですよ」と、飽きずたゆまずお知らせしていく、それしかないんじゃないかと。
賽の河原(さいのかわら)、いまどき死語だろうか。
平和とか人権とかいうのは、河原で小さな石を積み上げるようなもの。完成する前に鬼が出てきて崩すんだけど、くじけずまた石を積む、そうたとえることができるのでは。
以下は日本国憲法第12条前段。
この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。
不断の努力、終わりはないのである。「国民の義務はなんですか?」と国が言うとき、けして出てこない義務、これを日本国憲法に明記させた方々を私は尊敬する。
ここで忘れてならないのが、デマを振りまく行為、積み上げた子石を派手に崩す行為が、収益に、票に、確実につながること、そうした行為をやり放題やらせて莫大な金を稼ぐプラットフォームが存在すること、かと思う。
そのプラットフォームは中毒性が強いこと、なんかも挙げられるか。
ま、とりあえず、ポケットに手を入れて子石を握り、感触を確かめようか。なーんて、社説臭いですか(笑)。
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