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カテゴリー「私の本棚」の85件の記事

2026年5月22日 (金)

傍聴席の異邦人

 2009年7月に、下書きに入れたまま忘れていたこれ…。少し加筆する。

 

   ☀  ☀  ☀

 土日連続、有酸素散歩約1時間。

 各散歩の終わりに公園のベンチで休憩し、『異邦人』(アルベール・カミュ著。窪田啓作訳。新潮文庫)を、解説を含め読み終えた。ムルソーはマルチェロ・マストロヤンニ氏が演じた、マリイは誰だっけ、アンナ・カリーナ氏だっけ、などと映画『異邦人』の微かな記憶を辿りつつ。

 

 作中にこんな部分がある。

 弁護士は一方の袖をからげながら、断固たる調子で、「これがこの裁判の実相なのだ。すべて事実だが、また何一つとして事実でないのだ!」といった。検事は無表情な顔をして、記録の見出しを鉛筆でつついていた。

 すべて事実だが、また何一つとして事実でない…。そんなものを、私も東京地裁の裁判傍聴で感じることがある。

 いわばこの事件を私抜きで、扱っているような風だった。私の参加なしにすべてが運んで行った。私の意見を徴することなしに、私の運命が決められていた。

 被告人はそう感じてるんじゃないかなぁ、と傍聴席で感じることがある。

 

 検察官は、有罪&相場の刑罰に必要な、最低限の証拠のみを法廷へ出す。
 弁護人は、とにかく何でもかんでも被告人に有利に解釈する。
 裁判官は、紙の上で、有罪&相場の刑罰を整える、まさに、整える。

 そこに真実はなく、被告人もいない…。傍聴席でそう感じることがある。

 

 『異邦人』がガリマール社から刊行されたのは、1942年6月、カミュが28歳のときだという。私が古書店で買った文庫本は、1954年発行、1998年5月、なんと101刷り

 白石浩司さんの解説にこうある。

 『異邦人』は、フランスの旧植民地アルジェリア生まれの、中央文壇とはなんの関係もなかったひとりの文学青年を、一躍文壇の寵児にしたすぐれた小説である。
    (中略)
 ムルソーはロカンタンと同様、作者が非常な愛着をもって造形した人物であるが、そればかりでなく、1930年代の青年たちの歓びや苦しみを一身に具現している典型的人物なのだ。

 これはすごい作品なんだね。

 

 現代の日本の青年たちの歓びや苦しみを一身に具現する、典型的な人物とは、なーんて妄想を広げる私は、傍聴席の異邦人(L'étranger)。おっ、珍しく上手に決まったね(笑)。  ※こんな映画があるとは知らなかった。

2026年5月10日 (日)

陰謀論者が集まって自説を開陳するイベント!

 「訪日客戻らぬ地方空港 半数でコロナ前下回る 日中関係悪化で減便」と5月10日付け日経新聞、を紙の新聞(朝刊)で読んだ。1面トップの記事だ。
 こうある。

 日中関係や中東情勢の悪化で国際線の減便・運休が広がり、空港の収益下振れ圧力が強まる。

 「高市発言や、イスラエル・アメリカのイラン攻撃による情勢の悪化」とは書かない、書けない、誰にも都合がある、商売がある、忖度がある、そして空には雲がある、よし、うまくまとまった(笑)。

 

 この記事で私が「えっ…?」となったのは、結びの部分、こうだ。

 地方空港に詳しい慶應大学の加藤一誠教授は「空港だけで外国人客を誘致するのは限界がある。地元自治体や経済界などが一体となって魅力ある地域づくりをする必要がある」と指摘する。

 「限界がある」って、そもそも外国人客の誘致を、空港だけでやろうとしてたの? それが普通なの?

 空港から誘われ、空港へ来る外国人、レストランとか売店とか、季節のイベントなんかを目的に? そんな旅行需要ってあったのか…。

 

 交通違反、裁判傍聴、情報公開にばっか夢中になってると、世間のことに、こんなにも疎くなるのか。いやいや、あらびっくり新聞のほうが間違ってることも、ないわけじゃなかろうよ、だって、たとえば刑事裁判の被告人を、頑として「被告」と誤報し続けるし、反則金を払わないとどうなるか、ほんとのことを徹底的に避けるし、ねえ、と強がっておこう(泣)。

 とりあえずこの件は、「よくわかりません」の引き出しに入れときますわ。

 

 そんな日経新聞は夕刊の最終ページに週1回、書評のコーナーがある。

 いつの夕刊だったか、「ファンタジー作家 小谷真理」氏が『陰謀論百物語』(荻原浩著、文芸春秋刊、2200円)を取り上げていた。

 「大変貌する現代をあざやかに切り取る短編集」だそうで、小谷氏はこう書いている。

 一番の傑作は、やはり表題作だろう……陰謀論者が集まって自説を開陳するイベントが企画されるという設定……そのバカバカしさ、おもしろさを存分に紹介しつつ、陰謀論現象自体を陰謀論的に検証していく。この痛烈なる社会風刺の鋭さとレトリックには、心底痺れた。

 こう結ばれている。

 このほか、「忖度」の意味を探求する「ああ美しき忖度の村」や、コロナ時代に浸透したマスクを素材にした「モンクコング対ゴネラ2021」など、抱腹絶倒。笑いを引き出す洞察力に、脱帽だ。

 うぅ、めちゃくちゃ私が好きそうじゃないか。東京地裁地下の至誠堂書店に注文しようか、どうしよぉ。


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2026年2月12日 (木)

マニアが痺れる鈍器本(どんきぼん)

 警察庁は今、裁判所ビルの真向かいの巨大なビル、合同庁舎2号館に入ってる。

 合同庁舎2号館の竣工は、2001年3月。その頃すでに、私は裁判所へ通いまくっていた。裁判所の小廊下の窓から「あの地下にプールをつくる話、どうなったんだろ」など思いつつ、工事の様子を窓から眺めた、遠い記憶。

 

 裁判所へ通い始める前、旧庁舎の警察庁へ、オートバイで私はよく行った。名画『生きる』に出てくるお役所、に近い感じの庁舎だった。
 当時はセキュリティゲートなんてなく、自由に入れた。入口の守衛さんに「交通局へ」とか告げたっけ、忘れた。

 

 交通局の交通指導課や運転免許課へよく行き、ある日、若い課長補佐氏(階級は警部補)に何か尋ねた。
 すると、机にずらっと立ててあった冊子等からぶ厚いのを抜き出し、詳しく教えてくれた。

「それ、なんすか? いいなあ、えっ、市販されてるんすか、へえ!」

 即日だったか忘れたが、神保町の書泉グランデか三省堂書店か、新宿の紀伊國屋書店へオートバイで行き、そのぶ厚いやつ、『執務資料道路交通法解説』(東京法令)を買った。

 当時で3千円台だったか。ぶ厚くて重い、いわゆる鈍器本(どんきぼん)だ。以降、改訂版が出るたんびに買った。どうにも金がなくて買えないこともたまにあった。
 最新のは20訂版、上下2段組で1539ページ、5100円+税だ。

 

 さあ、それでだ、2007年8月17日の当ブログに私はこう書いた。

 名著『執務資料道路交通法解説』(東京法令)の原著者・野下文生警視は、1976年11月1日付けの大分県警本部長・滝田一成警視長の「推せんのことば」によると、

「私の趣味は道交法。一日に一回はどこかを読み、添削しないと寝つかれない」

 という人だったそうだ。さすが、極めつけのマニアが原著者だけあって、名著である。

 

 私の趣味は道交法。一日に一回はどこかを読み、添削しないと寝つかれない 、まさに道交法マニア、痺れるよねっ、と手元の同書を何気に開いた。
 ぎょっ、「推せんのことば」がない!
 あわてて仕事場を見回した。見えるところに16-2訂版があった。見た、が、「推せんのことば」のページ自体がない。

 奥付を見てみた。2007年8月時点の最新刊は13-3訂版だ。それは今ちょっと見当たらない。もしかして廃棄した?

 

 東京法令出版さん、もしご希望でしたら、私めが喜んで「推せんのことば」を書かせてもらいます。マニアが痺れる1冊、無人島へ漂流するときはぜひこの1冊をと。原稿料は不要です。もし出るなら、野下文生氏の御墓前に捧げます。よろしくお願いします~。

2026年1月26日 (月)

1発の銃弾と10万の動員、陰謀論と排外主義

 『陰謀論と排外主義 ~分断社会を読み解く7つの視点~』(扶桑社新書、1000円+税)。

 「七人の侍」「竹林七賢人」とかあるが、黒猫ドラネコ、山崎リュウキチ、藤倉善郎、選挙ウォッチャーちだい、清義明、古谷経衡、菅野完という個性ある各氏を集めたところが素晴らしいと思う。
 物事には色んな角度がある。昨今最重要のトレンドについて、7つの角度から、いわば最前線に立つ各氏各様の語りを1冊に詰めた新書、こぉれわ面白いわ、お勧めだわ。


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 菅野完氏による7ページの「あとがき」はこう始まる。ルビを丸カッコ内に入れる。

 一発の銃弾は十万の動員に勝る。

 濱口雄幸(はまぐちおさち)首相を銃撃した佐郷屋留雄(さごうやとめお)が残した言葉だ。

 佐郷屋が放った銃弾は、その後、血盟団事件、5・15事件、そして2・26事件とうちつづく戦前の「右翼テロ時代」の幕開けを告げるものだった。佐郷屋の行動と言葉は戦後の右翼にも強い影響を与え、戦後も右翼は政治家を殺し続けた。…(中略)…山上徹也(やまがみてつや)は、統一教会2世としての苦しみから安倍晋三に恨みを募らせる一方、ネット上の各所に「ネトウヨ」としか言いようのない足跡を残している。

 そうして今、新しいフェーズに入った。

 2024年11月の兵庫知事選、2025年7月の参院選、10月の宮城県知事選で我々が目撃したように、今や日本の選挙は、デマ・誹謗中傷、そして陰謀論と排外主義によってその帰趨(きすう)が決せられることが常態となってしまった。

 7ページ目の結びはこうだ。

 本書全体を通して明らかになったのは、陰謀論と排外主義がもはや単なる一過性の現象やサブカルチャーではなく、現実の社会を揺り動かす巨大な政治的エネルギーとなってしまっているという悲しい現実だ。一発の銃弾ではなく十万の動員が、今、まさに、社会を変えようとしている。

 この小さな一冊が、その奔流に抗う一助となることを、執筆陣の一人として願ってやまない。

 このまとめがずしんとくる一冊である、お勧めである。陰謀論ならぬ陰毛論、きゃは、とか言ってる場合じゃないょ。 ←んなこと言ってんのあんただけですからぁー、残念っ😵

2026年1月18日 (日)

『取調室のハシビロコウ』(江口大和著、時事通信社)!

 要するにだ、

1、建築関係の若い社長が、もっと若い社員Aに、会社の車を無免許運転させた。これは無免許者への車両提供罪に当たる。

2、Aは助手席に同僚Bを同乗させ、激突事故を起こした。Bは死亡した(合掌)。

3、Aは「会社の車は自分が無断で運転した。Bがふざけてハンドルをつかみ事故った」と供述。しかし良心の痛みに耐えかねたか、裁判で真相を自白。実刑判決を受け下獄した。これを【第1裁判】としよう。

4、Bを「犯人隠避」の、社長を「犯人隠避教唆」のそれぞれ被告人とする【第2裁判】がおこなわれ、Bは短い実刑、社長は執行猶予付き懲役刑とされた。

5、社長の車両提供罪を隠すよう入れ知恵したとして江口大和弁護士が「犯人隠避教唆」で逮捕され、【第3裁判】で有罪、執行猶予付き懲役刑とされた。

 

 私は偶然に【第2裁判】の判決を傍聴し、【第3裁判】を途中から傍聴、さらにその控訴審を4期日傍聴した。
 控訴審(控訴棄却)の有罪論法に私はひっくり返ったね。

裁判長 「しかし…だからといって…あり得ないとは必ずしもいえない」
裁判長 「およそあり得ない事態とはいえない」
裁判長 「現実的に考えられないとまでは必ずしもいえない」

 そんな論法を持ち出されちゃ誰だって有罪だ。というか、そんな論法を持ち出すしかない、ずたぼろの有罪だったんだね。
 【第1裁判】も【第2裁判】も江口犯人説で有罪を確定させちゃったんで、司法的にもう後戻りできなかったのだろう。

 「無免許死亡事故、そこに隠されたまさかの冤罪!」というweb記事で私はレポートした。【第2事件】の判決言渡し後、法廷内ですんごいことがあったんだよ。

 

 そうしてだ、【第3裁判】の江口大和氏(※)が本を書いた。『取調室のハシビロコウ  黙っていたら、壊された。ある弁護士の二五〇日勾留記』(時事通信社)である。 ※執行猶予付きでも懲役刑が確定したので弁護士資格を失った。

 私は2025年12月、東京地裁地下の至誠堂書店に予約し、2026年の初登庁日である1月13日に現金で購入した。

 「はじめに」に、こんな部分がある。

 本書には、いくつかの新しさがある。
 まず、検察官の取調べの実態について、当事者としての体験をもとに…。

 刑事弁護をよくやっていた弁護士が、自ら逮捕、勾留、冤罪の被害者を体験するんである。場面場面で奥さん、担当弁護人の独白も出てくる。こんな言い方、申し訳ないけど、おもしろっ!

 上記web記事にも書いたように、世間のすべての人は本件の報道を見て「ひっでえ弁護士がいたもんだ」と強く思ったろう。
 誰も知らない、呆れた冤罪の、その被害者である、なんと弁護士が、リアルに淡々とレポート、お勧めしますわ。

2025年10月17日 (金)

乙1号証は決まって身上調書、なぜ?

 伝説のメルマガの第603号「精液様の白色液体を路上に遺留し…」(2011年の11月に発行)の編集後記に書いたこと、少しここへ。

 

検察官 「乙1号証は被告人の身上関係です。冒頭陳述で述べたとおり…。乙2号から4号証は犯罪事実に関する被告人の供述調書で、犯行の動機、侵入の手口など…」

 とか毎度言うでしょ。
 乙1号証は必ず身上調書だ。身上関係だけなぜ独立の調書とするのか。

 

 被疑者(メディア語で「容疑者」)の供述は、変遷をくり返したり、否認から自白に転じたりする。
 法廷へは、真実を語った自白調書、だけを出せばいい。要らん書証を出すことを裁判官は喜ばない。裁判官は証拠を減らしたがっている。

 そこにおいて、身上関係と犯罪事実に関することをまとめて録取すると、身上関係の調書といっしょによけいなものを法廷に出してしまうことになる。
 そこで、身上調書は必ず別立てで録取しておく…。

 

 といったことを分かりやす~く簡潔に指導しているのが、2004年から2007年にかけて東京簡裁・刑事1室1係の公判立会(りっかい)をやっていた木村昇一検察官の『新交通事件供述調書記載例集』(立花書房)だ。

(現在の肩書きは東京地検交通部検察官副検事)

 私は東京地裁(東京高地簡裁合同庁舎)の地下の至誠堂書店で買った。

 道交法違反と自過死傷、危険運転致死傷に加え、成りすましや身代わり出頭も解説されてる。
 こっち方面のマニアには必読、って私だけですか~(泣)。

2025年6月30日 (月)

すれ違い直列とは

 センターラインなんぞなく、軽自動車同士でもすれ違うには減速を余儀なくされる、住宅街のゾーン30の道路。

 道路左側を自転車で走っていくと、前方右側を歩行者が同方向へ歩いてる。
 前方右側の、さらに先には、電柱がある。道路幅が狭まってる。
 そして遠くからこっちへ、乗用車が向かっている…。

 そういうシチュエーションって、しばしばあるでしょ。あなたが自転車でも、歩行者でも、乗用車でも。

 

 そういう場合、必ず! 自転車、乗用車、歩行者、電柱が横一列に並ばない?
 危険がないよう乗用車が減速し、自転車もやっぱ少し減速して、結果、ちょうど並ぶことになるのかな。

 

 先日、こんなことがあった──。

 若年層の人口は減り、車の売れ行きは鈍る。それでも行政は、40~50年前に策定した道路計画に基づき、じわじわと大地を道路に変えていく。新しい道路は、歩道がやたら広い。

 そんな広い歩道を、私は自転車で走っていた。

 左側前方に、同方向へ進行する自転車あり。
 さらに右側前方に、同方向へ進行する歩行者あり。
 その先、右側に電柱。
 そして前方遠くから、1台の自転車がこっちへ向かい、進行してきた。

 おいおぃ、まさか…と思ったらそのまさか!

 合計3台の自転車と1人の歩行者と1本の電柱が、見事に横一列に並んだ。
 誰も減速などしてなかったはず。それでも並んだ、横一列に。

 私は思ったょ、引力のようなものに、ひかれたのか?
 そうして、惑星直列ならぬ「すれ違い直列」という言葉が浮かんだ。並列、ではない、直列だ!

 

 惑星といえばSF、SFといえば名作『火星年代記』である。


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 そうして今回、アフィリエイトにこんなのを発見した!

 水木しげるさんの『火星年代記』、なっ、なんだそれっ! 日本の幕末を舞台とする奇想天外な伝奇ホラーだとか? そんなのがあるとは知らなかった。不覚っ。

 そういえば昔、私がオートバイに乗っている頃、水木しげるさんの仕事場のマンションへ、ちょと用事があり、うかがったことがある。水木さん、本当に片腕が無かった…。

2025年3月 8日 (土)

『境界知能の子どもたち 「IQ70以上85未満の生きづらさ」』

 うつ病、双極性障害、統合失調症、自閉症スペクトラム、摂食障害(特に過食嘔吐)、前頭側頭型認知症、、、刑事裁判によく出てくる語だ。
 境界域、という語もたまに出てくる。

 この境界域、境界知能、スルーして社会はつくれない、ように私は思う。

 『ケーキの切れない非行少年たち』の宮口幸治氏の『境界知能の子どもたち 「IQ70以上85未満の生きづらさ」』(新潮SB新書)を、あと数ページで読み終わる。

 これ驚きました。すでにご存知の方もおいでなのか、私は“目からうろこ”だった。

 知能検査にあらわれない問題も含め、多くのケースで確かに良くなるトレーニングがあるんだね。非常に説得力がある。
 「うちの子はどうも学校の授業についていけないようだ」と感じてる親御さん、いっぺん読んでみていいのではないか。

 

 そういえば、と思い出した。私が小さい頃、紙に「・」がたくさんあり、ある約束にしたがって「・」と「・」を鉛筆でつないでいくと、何かの絵になる、という遊びがよくあった。楽しかった。
 あれ、じつは良いトレーニングだったんだねえ。

 

 いつの号か、『週刊プレイボーイ』の書籍紹介のページに、これも読もうかというのがあり、その部分を切り取った、のを見つけた。『選択的夫婦別姓 これからの結婚のために考える,名前の問題』(岩波ブックレット)だ。

 

 結婚したら、一方(事実上ほとんどの場合、女)の姓を捨て一方(同、男)の姓にせよと義務付ける、そんなの世界で日本だけだという。
 日本だって、そんなことにしたのは近年だという。

 その後、議論は尽くされ、くだらん事はヤメようという話が何度も出てくるのに、なぜヤメられないのか。
 「絶対なりませぬ!」と強硬に言い張る、カルトじみた勢力が自民党の背後にいて、自民党としては、選挙のことを考えれば、ねえ、ということなのかな。

 

 思いついた、洗濯的夫婦別下着、なんか失敗した~💦

2024年10月 3日 (木)

不出頭罪と未出頭

 「【速報】「遊戯王」カード仕入れを偽装し横領した金で豪遊三昧「アニメイト」子会社の元社長裁判に未出頭で逃亡 宮崎県内で逮捕 警視庁」と10月3日付けFNNプライムオンライン。

 不出頭罪。以下は刑事訴訟法だ。

第二百七十八条の二 保釈又は勾留の執行停止をされた被告人が、召喚を受け正当な理由がなく公判期日に出頭しないときは、二年以下の拘禁刑に処する。

 

 遊戯王の件は、被害金額が大きい。懲役の実刑が予想される。
 逃げて捕まり、刑期がのびると、しかしそこまでの想像力は働かない。ちらっと思い浮かんでもすぐ消える。それは人間の基本的特性のひとつかなと。私だって、ある場面ではそうかも。

 不出頭罪については別の刑事裁判が先行している。そっちは、現時点では、文句たらたら徹底的に抵抗する被告人のように見え、次回は警察官3人を尋問予定だ。

 

 ところで、上掲ニュースのタイトルに「未出頭」とあるでしょ。

 「未」は、未だ(いまだ)という意味だ。未定、未完、未熟…。
 未出頭はおかしいでしょ。まだ出頭しない、じゃなく、出頭せず、不出頭でしょ。ニュース本文には不出頭とある。

 

 シートベルト違反も、メディアはよく「未着用」と報じる。
 座席に座ったばかりでまだ、じゃないでしょ。

 そもそもシートベルトは器具の類いだ。衣服じゃない。
 道路交通法では「装着」という語をつかってる。

 衣服を身につけるのは着用、器具を身につけるのは装着。不装着でしょ。

 

 日本語がおかしい、といえば詐欺メールである。
 現在はどうなのか、ちょっと前までは、詐欺メールの日本語はおかしな部分がちらちらあり「ははあ」と分かったもんだ。

 未出頭とか未装着とかやってると、「メディアは外国の工作員に乗っ取られてる!」という陰謀論者が勢いづいちゃいますよ。

 


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 どう変異したか、この新書、面白いです。

2024年9月30日 (月)

レイシストの信仰はびくともしない

 人間は2種類ある。通勤の電車内で、スマホに熱中する者と、本を読む者、である。

 電子書籍を読んでるんだ、本といっても巨乳少女のエロ漫画だろ、とかいろいろご意見はあろうが、大きくは、人生が、出会いが、てか脳が、明らかにちがってくるんじゃないですかね。

 

 裁判所へ最近あんまり行かなくて、『レイシズム』(ルース・ベネディクト著、阿部大樹訳、講談社学術文庫)、面白いんだけども、まだ読み終わってない。 ※裁判所への往復の電車内が私の主な読書タイム。


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 「第1部 人種とは何か」の先、「第2部 レイシズムとは何か」へようやく入った。
 以下、その一部を引用する。

 

 もちろん、レイシストが一つひとつのファクトをどのように扱っているかと検証することはできるし、それが正しいとか間違っていると判定していくことも難しくない。けれどもレイシズムがファクトを扱うやり方は非常に杜撰である。そして科学者が個々のファクトについて指摘をしても、レイシストの信仰はびくともしない。

 

 本質においてレイシズムとは、「ぼく」が最優秀民族(ベスト・ピープル)の一員であると主張する大言壮語である。

 

 自分にそれほどの価値がないとか、あるいは他人から批判されているとか、そういうものすべてを無視することができる。自分がそれまでにやってきた恥ずかしいこと、思い出したくないことをすべて消し去ることができる。自分の至らないところを指摘されたとしても、相手を「劣等な人種」と言ってしまうことで痛みを無化できる。母親の子宮の中にいるような究極のポジションが手に入るのだ。
 難しいことを考えなくて済む、というアドバンテージもある。人間の生死、過去や未来についての現実の困難から身をかわすことができる。どれほど学問から縁遠いひとであっても暗記できるような、たった一文を盾にする――「ぼくは選ばれし人間」。だからレイシストの言葉は政治を動かす最高の武器となる。

 

 この本の出版は1940年、第二次大戦の最中だという。
 現代も変わらない、というかSNSの発達により、もっと悪くなっているようにも思える。
 本は面白いよねえ。

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